トキワ荘マンガミュージアム整備-「聖地」復活へ・下/再現施設ならではの施工の苦悩

 ◇地域が待ち望んだ施設完成
 リアルなトキワ荘を感じてもらうため、再現事業は細部にもこだわっている。例えば1階から2階に上る階段。ステップに体重を掛けると中央部分がきしむようになっている。秘密は板の両端と中央部分の下地の厚みを変えて沈み込むようにした構造。佐藤副工事長は「通常はきしませない方法を考えて施工するので、加減が難しかった」と苦労話を披露する。
 2階の廊下も下地の間隔を広くすることで、床鳴りが発生しやすくなっている。職人から施工精度を不安視する声もあったが、「建物の性能が悪くならないバランスを維持した」(佐藤副工事長)という。きしむ階段の施工をはじめ「普通の現場より図面で伝わらないことが多かったと思う」と加藤氏。現場に立ち会い設計の意図を説明する機会も多かったそうだ。佐藤副工事長は「直接説明してもらうことでうまく工事が進んだ」と話す。
 施工者からのアイデアを柔軟に取り入れた例もある。玄関に再現した分電盤は当時の資料が見つからなかったため、ベテランの職人からの意見を参考にデザインした。設計者と施工者の連携がトキワ荘のリアリティーに深みを与えている。
 再現棟の1階部分は企画展示室とマンガラウンジで構成する。企画展示室はイベントなどの開催を想定。計65平方メートルという限られたスペースで多くの展示品を見てもらうため、独立したのぞき型のケースを多めに配置した。マンガラウンジは壁一面を埋め尽くす膨大なトキワ荘関連書籍が目を引く。地域の幅広い活用を想定した柔軟なスペースとして設計した。現在開催中の企画展も展示内容の立案や資料収集などで地域から多くの協力があったという。
 建物の完成後は当時の外観や部屋の調度品などを再現するエイジングを行った。エイジングの担当は丹青社。外観は漫画家たちが多く住んでいた築後10年ころをイメージした。外装のエイジングは足場を撤去するまでに終える必要があったため、「工程管理には苦労した」(加藤氏)という。エイジングのかけ具合や瓦の色味などはサンプルを作成してトキワ荘の住民だった漫画家に確認してもらった。
 加藤氏は事業の初期段階から地域と一体的に取り組んだ過程を「理想的な形だった」と振り返る。建物の完成後も企画展への情報提供や周辺商店での機運醸成などで、地域から多くの後押しがあった。「地域に末永く愛着を持ってもらい、全国のファンにも満足してもらえれば」と話す。
 「地元の企業として、プロジェクトに参加できたことを誇りに思う」と話すのは佐藤副工事長。工事期間中は公園のスペースが小さくなってしまい心苦しかったという。けれども近隣の住民から完成を待ち望む声が寄せられ、励みになったという。「地域の方に長く愛してもらえる施設になってくれればうれしい」と笑顔を見せる。
 建物は2月に竣工。当初は3月の開館を予定していたが、新型コロナウイルスの影響で7月までずれこんだ。開館後も感染拡大防止に配慮し入館を事前予約制にした。来場者が少ないのではと心配もあったが、ふたを開けてみると、8月までで約1万5000人の来場者が詰め掛けたそうだ。「懐かしさだけではなく、当時の先生方の意志を発信する未来型志向の施設であってほしい」と熊谷課長。先行きが見通せない今こそ、日本の漫画文化の未来を切り開こうとした漫画家の生きざまに触れてみる良い機会なのではないか。(編集部・小堀太暉)

(様より引用)